Mixiのレビューに一冊感想を書いてみましたが、同じ物への他者のレビューが簡単に見れるという便利な反面、公開がクローズドなコミュニティに限られているので、もっとオープンにできるブログに書いてみることにしました。
「ドキュメント戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争」
2002年 高木徹著 講談社
本書は旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナが独立を果たそうとした際、重要な役割を担った米国PR企業の活躍(暗躍?)の様子を克明に記したドキュメントである。このPR企業がセルビア共和国=悪の権化というイメージをいかに作り上げ、ボスニアの独立を後押しする世論作りをどのような戦略の下で進めていったかを丹念な取材によって明らかにし、現代の情報化社会において「情報」がどれだけの力と重要性を持っているかを描き出している。
なーんて、書評チックにまとめてみましたが、もう少しパーソナルな部分を書かないと、ブログに載せる意味はありませんね。
ということで、やり直し。
まずは動機から。この本を読もうと思ったのは、日本代表監督のオシム氏への興味からでした。ドイツW杯でふぬけとなっていたところ、キャプテンの失言とそれに踊らされるマスコミにまんまと踊らされたわけです(笑)。
彼を知るためには、90年代の旧ユーゴスラビアで起こった独立の動きとそれにまつわる様々な出来事を理解しておこう、と思い、まずはストイコビッチ関連の書籍でウォーミングアップ。「誇り」と「悪童見参」。両方とも木村元彦著。
90年のプレー(スペイン戦)に度肝を抜かれ、期待していた92年のヨーロッパ選手権が制裁のため出場できず落胆し(代わりに出たデンマークが優勝するという皮肉)、名古屋での輝きにほれぼれしてたものの結局生観戦には行けず、等々、鮮烈な記憶が残っているプレーヤーでしたが、正直、ストイコビッチがどの民族の選手かもはっきり理解していませんでした。
国際社会で祖国が悪者扱いされることに心を痛めながらも、政治とスポーツは別との信念を貫き、数多くのスーパーなプレーで我々を楽しませ、感動させてくれたストイコビッチには賞賛を惜しみません。この2冊を通じて改めて彼のすばらしさに触れられました。
しかし、その背景にあるボスニア紛争やコソボ紛争については、その悪者はミロシェビッチというおっさんだ、ということぐらいしか知らずに読み始めました。恥ずかしながら、大学入試&入試後という、世間に全く関心のない時期でした。
しかし、そういった無知?のおかげか、上記2冊を読んでも、特にセルビアだけが悪者のように受け取れませんでした。逆に本文中で、セルビア=悪者という図式は情報戦によって作り上げられたものとされており、非常に興味をかき立てられました。
出典として本書があげれていましたので、図書館で見つけ、今日寝込んでいるさくらの横で読み始めました。そしたら一日で読破。とても面白かったです。今までまったく想像もしてなかった事に目を向けさせてくれた、という意味で。文章も読みやすいし。多少の誇張などはあるでしょうが、事実は小説よりも奇なりということでしょうか。
当時国際的にそれほど注目を浴びていなかったボスニア紛争が、PR会社と呼ばれる情報操作のプロの手によって、セルビア=悪という構図で日常的に語られ、重要政策として位置づけられるようになるということ自体が驚きなのですが、そのためのあらゆる情報収集・発信が、緻密に計算されており、現代社会では情報を適切に扱い自らの望むように世論を導くということが可能であるだけでなく、かなりの重要性を持っているという事実にもっと驚きました。
しかし、このPR会社の人たち、クライアントの利益のためならそこまでするのか、と少々疑問を持ってしまいます。どのような問題でも一方が善玉でもう一方が悪玉というような単純な二分法で物事が語れるとは思いません。このように単純化することで、本当に起こったことがゆがめて受け取られ、生命の危機を含む不利益を被る人が多数出る可能性があるのではないでしょうか。しかし、これが現実で、こういった人たちこそプロフェッショナルだと言えるかもしれません。難しいです。
僕が仕事をしている(今は無職ですが)国際協力もその一部に含まれるのかもしれませんが、これまでこういった実感を持ったことはありません。しかし、程度の差はあれ、高度に情報化が発達し、今後もその流れは止みそうもない今、情報の持つ力という事については意識を働かせる必要が、特に、ニュースなんかで流れてくる情報を100%信用せずに、様々な情報を分析した上で判断するよう常に心がける必要があると思いました。
変なまとめですが、非常に深く考えさせられた一冊でした。稚拙な文章におつきあい下さりありがとうございました。
(おまけ)
合衆国内で世論形成のため、あらゆるメディアにボスニアについての情報を送りつけようとする場面では、「ちなみにその送付先リストの中には、アメリカのメディアだけでなく、イギリスのBBCやフランスのル・モンド紙、あるいはドイツや中東のメディアの名前もある。しかし、日本の主要メディアの名前は一つもない」。日本のメディアはそれほど重要ではないと見られてるわけですね。残念というか、情けないというか。
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