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2007年12月14日 (金)

交通ルール

Olgaの影響で研修が延期になったので、ちょっと気楽な朝。

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心に余裕があると、窓の外の朝焼けの美しさを愛でることもできます。余裕が必要ですね、余裕が。

月曜日に大事な会議があるので、その準備を済ませ、最終確認のためにJICA事務所に向かっていました。

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目的地に向かう道中、必ず渋滞をしている交差点にさしかかりました。日曜日以外はいつ通ってもかならずこんな感じです。

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3車線で左から「左折専用」「直進専用」「直進・右折用」のレーンが並んでいます。

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まずおかしいのが、最前列で第4車線を作っている車(青囲み)。その下の白い点線は見えないのか、君は?と軽く一人で突っ込んでみたりします。

そして、重要なのが、直進レーンの車も左折、その右の異端車もなぜか左折、しかし、左折先も慢性的な渋滞のため、みんな進めないという事実。直進したいおぱぴはなすすべもなく・・・。3車線あっても結局直進は一車線、しかもわがまま車のせいでかなり狭まった一車線しか使えません。そりゃ渋滞もひどくなるっちゅうもんです。

この国の交通マナーで感じるのは、「他人の迷惑を顧みずに、自分の欲求を通そうとする」ということです。今回のわがまま車の例のように、ルールを破ってまで前に出ようとする狼藉が多すぎます。信号が少ないということもあり、そういった無茶な運転が至るところに不要な渋滞を作り出しています。

これについて、二つの仮説を最近考えています。

仮説1.「迷惑を被る他者のことなど想像できない、想像できても知ったこっちゃない」
ちょっと悲しいですし、経済社会的な発展は永遠に無理じゃないかと暗い気持ちになってしまいます。でも、そんな気がしてなりません。こういうのを個人主義っていうのでしょうか?

仮説2.「不都合が起きてからどうにかするのがドミニカ人の論理的行動様式」
泣かない赤ちゃんはミルクをもらえない、というのをどこかのラテンの国で聞いたことがあります。このように何かを主張しないと事が進まないから、周囲に迷惑をかけることになろうとまず自分のしたいことを表明し、他者の利益と衝突した時に始めてその折衷案を考える、というのがこちらの人の一般的な行動様式なのかな、と。自分の無理な左折が後ろの車の進行を妨げても、そうなった時に対処法(この場合、後ろの車が斜線を右に変更する、ってことになるのでしょうか・・・)を考えよう、と。1だから2が形成されていったのか、2が繰り返されていくうちに1のような感性が作られていったのかは分かりませんが。

振り返ってみると、集団の中で自分のわがままがもたらす負の影響を想像し、ルールを守ることで得られる利益と比較することを通じ、ルール遵守の方が最終的には自分を含めた全体により大きな利益が得られる、と考え行動するのが日本人ではないでしょうか。そしてこういった行動様式は、実は非常に洗練されているのではないだろうか、と最近考えていたりします。

毎日のようにこの交差点で同じ光景を見ながら思索にふけるおぱぴでした。

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